水基本法要綱(素案)の提案にあたって
 
全日本水道労働組合
 
 
1. 水基本法の基本的な視点(理念と目的)
 
 水基本法の内容については、次の基本的な視点から検討することとした。
 
◇目的
 わたしたちはかねてより水行政の一元化をもとめてきた。これは第一に連続する水循環系を総体として把握し、水循環系・水環境への負荷をできるだけ小さくして「より自然に近い水をとり戻す」ため、総合的な水行政と水管理が全国レベル、地域レベルでも求められること、第二にこうした水循環系の回復と保全が「持続可能な共生社会」の形成にとって重要な意味をもつものであること、第三にこれらの施策の中にあってこそ、水循環系の一環でとしての水道事業、下水道事業がいっそう健全に執行されるものだからである。
水基本法の目的は、この従来からの水行政一元化要求の上に立ち、次のように定めることとする。
(1)現在分立状態にある水関連法制の一元化と総合的水行政の前提としての理念を明確し総合的な水環境の管理システムの確立を促す。
(2)基本法の提起及びその実現を通じ、水問題の重要性を喚起し、水事業に関わる労働の尊厳、労働者の社会的地位向上をはかる。
(3)水基本法における「水の公共性」の法定化と、この法の制定運動を、「民営化」への対抗戦略として位置づけ得るもとする。
 
◇理念
 この目的のため、水基本法では次の理念を内容として制定する。
(1)水基本法は理念法として制定し、水は「国民共通の財産」「国民共有の財産」であるとして「国民的認識」を確立する。
(2)水循環系に着目することから、流域圏を基本としながら水環境の管理を広域的に確立する。
 
 
2.理念法および宣言法としての水基本法
 
 水基本法制定の目的の第一は、「水の公共的性格」についての「国民的コンセサス」を形成することにある。これは水基本の第一の理念であり、また水基本制定の過程を通じた運動の目的でもある。  
 水基本法は、水問題の重要性の喚起を目的の第一として、早急な制定を期すべきであることから、水環境、水行政、水事業についての総合的な包括法案としてではなく、“水は「国民共通の財産」または「共有財産」である”ことを理念として、いわゆる事業法ではなく土地基本法のごとき宣言法的性格として制定する。
水基本法では、理念に基づく枠組みを提示しこの限りで国・地方公共団体を拘束し義務を課することとし、具体的内容は基本法制定を受けた政府・地方公共団体および市民の水政策へのその後の取り組みに関わるものとなる。
なお、「基本法」と他の法律の関係については、「基本法」も他の法律同様に憲法の下に位置し、形式的に上位にあって施策を方向付けるものであり、個々の法律のあり方を実質的に規制する。
 
 
3.提案にあたっての情勢認識と考え方
 
(1)水環境の危機と水道、下水道
@「清浄にして豊富低廉な水の供給」−水質と水量に関わる水環境問題
 現行水道法は第1条では「清浄にして豊富低廉な水の供給」を目的として掲げ、水道法2条の通り「国民の日常生活に直結し、その健康を守るために欠くことができない」としている。水道は代替えできないライフラインであり、また「かつ、水が貴重な資源」であることが明記されている。
 近年、河川自然流、地下水、伏流水、湖沼水など水環境の破壊が顕在化しつつあり、これまでの経済社会生活によって引き起こされた汚染物質による人体や生態系ヘの影響は、わたしたちが現に把握する範囲を越えることも憂慮されていることが指摘できる。いわゆる環境ホルモン−内分泌攪乱物質の問題はその一典型だろう。「森林、水、土、生物などは争議に密接な関連を有しているが、このような自然のメカニズムを尊重した形で、人間の経済社会活動を行っていくことが重要」(「環境白書」1998年)であり、「より自然に近い水をとりもどす」(「水サイクルの回復をめざして」全水道1998年)ことは、いっそうと切実な課題となっている。
 水環境において、水質の危機は利用可能な水すなわち水量の危機でもある。河川開発により河川流量の確保やダムによる水源開発は、これまでも環境保護や公共事業のあり方をはじめとする諸問題に直面しており、新たな水源開発が困難となりつつある。水道法第5条1項では、水道はまず取水において「できるだけ良質の原水を必要量取り入れる」ものでなければならないが、これら水環境の危機は、「清浄にして豊富低廉な水の供給」を目的とする水道事業において、水供給の経済性の悪化、安全性確保の困難化に連なる。水環境の危機は当然水道の危機である。水環境を保全する「水サイクルの回復」―健全な水循環系の構築の上に水道事業のいっそうの健全化があり、水道事業は水環境の保全、健全な水循環系の保全を包摂するものでなければならない。
 下水道は、現行下水道法第1条で「都市の健全な発達及び公衆衛生の向上」「公共用水域の水質の保全」を目的としている。しかし、流域下水道など大規模システムによる水環境への影響、都市中小河川の下水道化などの問題が顕在化しているように、「自浄作用や生態系への関わりといった、水のもつさまざまな特性を十分に生かしえる水環境を作り出していくのだという、目的、意識的な努力」(全水道前同)はこれまで必ずしも十分でなく、近年の公共用水域の水質改善の動向は停滞している。下水道は水循環の重要な一環として位置づけ、水環境における水質、水量、生態系の保全を目的とすることで、「公共用水域の水質の保全」の責務が果たされるものでなければならない。
 
A将来にわたる「清浄にして豊富低廉な水の供給」の確保と節水
 水環境を回復し保全することによってのみ「清浄にして豊富低廉な水の供給」は可能である。こうした水環境の悪化を阻止し、水環境の回復と保全を行わないとすれば、例えば水道においては、「清浄にして希少高額な水」もしくは「質中程度にして希少高額な水」が残されるだけであろう。将来の幾世代にわたり「清浄にして豊富低廉な水の供給」を担保する「持続可能な社会」の要請において水資源の節約・節水が求められている。
 
(2)水問題の重要性の喚起と総合的水政策
 全水道は88年政策提言で水法一元化・総合的水立法の必要性を提起し、また以降の全水道政策闘争において水行政の一元化を求めてきた。今回の中央省庁再編にあたっては、水道行政については環境省所管とする旨を要求してきた。しかし水資源はいぜん省庁ごと地域ごとに分割管理され、水質規制は省庁ごとに細分化されている。
水質・水量の双方において環境への負荷をできるだけ小さくするためには、総合的な水施策が必要であり、水問題の重要性を喚起し、その策定を通じて水行政の一元化の実現をめざさなければならない。
 
(3)分権と住民参加による水環境の管理
 水道・下水道は地方公営企業として事業が行われてきた。しかし独立採算のもと過大な需要予測による建設・施設は企業会計を圧迫し、近年は「景気対策」に動員されることで累積赤字の増大もみられる。また過大な需要予測による建設・施設が過大・不必要な河川開発、ダム開発として行われた結果、水環境を一層悪化させてきた事例もみられる。これらの負担はどのような形態をとるにせよ、いずれ住民・国民に転化されるものであり、事業運営・計画は分権と住民自らの参加によって担われ検証されるものでなければならない。
 そのため水基本においては、関係自治体の広域的な水環境施策をうながす「広域水協議会」を設置する。住民参加の方策や、必要な権限及び財政について、地方自治法はじめ関係法令の改定を求める。
 
(4)良好な水循環が保たれる水環境を構築は「持続可能な共生型社会」の根幹
 水環境の悪化と事業財政の逼迫は水道法における責務の履行を妨げ、下水道法における下水道の目的の達成を妨げている。このため「近代水道・下水道システムの限界」という指摘もある。しかしこの「限界」をもたらすものは、悪化しつつある水環境であろう。
 一方、住民の水道水ヘの不安と水環境保全への要求は一体のものとして暫時高まりつつある。こうした事態にありながら水道・下水道事業および水環境をめぐる法律は分立状態にあり、この間、水源二法、水質基準、河川法、環境基本法が改正または成立したが、水環境の現状からみて個別的な対処療法としかみられない。さらに2001年の省庁再編においては水道行政の地位の低下が危惧される。
 将来の幾世代にわたり「清浄にして豊富低廉な水の供給」「公共用水域の水質の保全」がいかに維持されるのかは、「持続可能な共生型社会」の有り様の根幹をなすと考えられる。
「清浄にして豊富低廉な水の供給」は海洋、大気、陸地をめぐる水循環が良好にたもたれてこそはじめて可能である。良好な水循環が保たれる水環境を構築する事はいまや緊要といわなければならない。水環境全体を統括しその指針となるべき基本法制定が喫緊の課題である。